福岡地方裁判所 昭和57年(ワ)728号 判決 1987年4月06日
原告
西日本鉄道株式会社
被告
安永工務店こと安永典生
ほか一名
主文
一 被告らは各自原告に対し金一二三八万三二三一円及びこれに対する被告安永典生は昭和五七年四月一五日から、被告深松勉は同年五月一日から各支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告の被告らに対するその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は被告らの負担とする。
四 この判決の右一は仮に執行することができる。
事実
第一申立
1 請求の趣旨
一 被告らは各自原告に対し二七一一万一六〇一円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告らの負担とする。
三 仮執行の宣言
2 請求の趣旨に対する答弁
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
第二主張
1 請求原因
一 事故の発生
次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
(1) 日時 昭和五四年七月二九日午後六時頃
(2) 場所 福岡県鞍手郡若宮町金丸交差点(変形五差路)
(3) 被告車 普通貨物自動車(福岡一一す一六五〇)
運転者 被告深松勉
保有者 被告安永典生
(4) 原告車 大型乗合自動車(福岡二二か一〇五八)(西鉄貸切バス)
運転者 訴外北条功雄
保有者 原告
(5) 態様 福岡方面から直方方面に直進中の原告車と原田方面から水原方面に直進中の被告車との同交差点内における衝突事故
(6) 被害者 原告車の乗客松岡正勝外二八名(以下「乗客ら」という。)
二 責任原因
(1) 被告深松勉の責任
被告深松勉は、変形五差路の本件交差点に進入するにあたり、原田方向からの交差点入口の一時停止線で一時停止した後、さらに福岡方面から直方方面への交差道路の交通の安全を確認できる位置で一時停止ないし徐行して右交差道路の交通の安全を確認して右交差道路に進入すべき注意義務を負つており、また進行方向の信号機の指示に従つて進行すべき注意義務があるのに、右いずれの注意義務にも反し、原田方向からの交差点入口の一時停止線で一時停止せず、さらに福岡方面から直方方面への交差道路の交通の安全を確認できる位置で一時停止ないし徐行せず、右交差道路の交通の安全を確認しないまま、しかも進行方向の信号機の確認を怠り、赤信号で交差点に進入した過失により、青信号で交差点に進入した原告車に衝突し、本件事故を発生させたものであるから、民法七〇九条に基づき本件事故に因り乗客ら及び原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。
(2) 被告安永典生の責任
被告安永典生は被告車の保有者且被告深松勉の使用者であり、本件事故は被告深松勉において被告安永典生の業務を執行中に、前示過失により発生したものであるから、被告安永典生は自賠法三条ないし民法七一五条に基づき本件事故に因り乗客らに生じた損害を賠償すべき義務があり、また民法七一五条に基づき本件事故に因り原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。
三 損害
(1) 乗客らは、本件事故に因り、合計七二九二万〇五九二円相当の人的損害を被つた。
(2) 原告は、本件事故に因り、原告所有の原告車につき修理費七二万一二六〇円相当を要する損害を被つた。
四 原告による乗客らの損害の負担と求償
原告は、乗客らに対し、その損害のうち三六五八万五八七六円を一応負担して支払い、自賠責保険から一〇一九万五五三五円の填補を受けた。
そして、前記本件事故の態様に鑑み、被告らは乗客らに対する全損害を負担すべき関係にあるから、原告は被告らに対し共同不法行為者間の求償責任に基づき、原告が負担している二六三九万〇三四一円の未填補の損害を求償できる関係にあるものである。
五 結び
よつて、原告は被告ら各自に対し、共同不法行為者間の求償責任に基づき乗客らの損害に関する未填補の負担額二六三九万〇三四一円及び不法行為に基づき原告車の損傷による損害七二万一二六〇円の合計二七一一万一六〇一円とこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
2 請求原因の認否
一 請求原因一の事実は認める。
二 同二の事実のうち被告安永典生が被告車の保有者且被告深松勉の使用者であり、本件事故が被告深松勉において被告安永典生の業務を執行中に発生したものであることは認め、その余の事実は否認する。
被告深松勉は、変形五差路の本件交差点に進入するにあたり、原田方向からの交差点入口の一時停止線で一時停止した後、進行方向の信号機の青信号を確認して交差点に進入進行したものである。
三 同三の事実のうち乗客らが本件事故に因り傷害を負つたことは認め、その余の事実は否認する。
四 同四の事実のうち原告が自賠責保険から一〇一九万五五三五円の填補を受けたことは認め、その余の事実は否認する。
3 抗弁
一 求償責任の前提たる被告安永典生の乗客らに対する損害賠償債務の不発生
本件事故は、原告車の運転者北条功雄が進行方向の信号機の確認を怠り、赤信号で交差点に進入した過失により発生したものであり、被告深松勉には何等の過失もないし、被告車には構造上の欠陥又は機能上の障害もなかつたから、被告安永典生は自賠法三条但書に基づき免責され、原告の被告らに対する共同不法行為者間の求償請求の前提としての被告安永典生の乗客らに対する損害賠償債務は発生しない。
二 乗客らの損害についての和解の成立
原告、被告ら及び乗客ら間に、昭和五四年八月一一日、原告及び被告らは乗客らに対し、乗客らの治療費実額一七〇〇万〇六六二円を直接病院に支払う他、慰謝料その他の一切の損害賠償として五五〇〇万円を支払う旨の和解契約をした。
従つて、原告の求償請求の前提としての、乗客らの本件事故の責任主体に対する損害賠償請求権は七二〇〇万〇六六二円に限られる。
4 抗弁の認否
一 抗弁一の事実は否認する。
二 同二の事実のうち原告、被告ら及び乗客ら間に和解契約が成立したことは認めるが、右和解は乗客らの損害の早期解決のための一応の解決であつて、右和解以外の損害が求償請求の対象とならないというものではない。
第三証拠
記録中の証拠目録の記載を引用する。
理由
一 事故の発生
1 請求原因一の事実は当事者間に争いがない。
2(一) 右事実に、成立に争いがない甲第一号証、同第一六号証、乙第一ないし五号証、当裁判所の検証の結果、証人北条功雄の証言、被告深松勉本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。
(1) 本件事故現場は概ね別紙「交通事故現場図」記載のとおり、福岡県鞍手郡若宮町の通称金丸交差点内である。右交差点は福岡方面から直方方面への道路(幅員約五・四ないし六メートル)、原田方面から水原方面への道路(幅員約四・三ないし五・三メートル)、福丸商店街方面から直方方面への道路(幅員約五・二ないし五・四メートル)が交差する変形五差路であり、路面はアスフアルトで舗装されている。交通は頻繁で、制限最高速度は時速四〇キロメートルである。
(2) 原田方面から水原方面への交差点入口には一時停止の標識が設置されている。また、原田方面から水原方面の交差点中央部分にかけてはS字型を呈しつつ若干上り勾配になつている。
(3) 本件交差点は信号機によつて交通整理が行われている交差点である。信号機は定周期の半感応式信号機で、車両感知機が水原方面からの交差点入口付近の電柱に設置されている。信号機の現示は車両感知器が感知しない場合は、福岡方面から直方方面への交通と福丸商店街方面から原田・直方方面への交通とを交互に交通整理する二現示となつている。車両感知器が感知しない場合の信号機の周期は別紙「信号機周期表」に記載のとおりである(本件事故当時、車両感知器の感知の原因となる自動車の通行があつたとは認められない。)。
本件事故直後の実況見分によると信号機は正常に作動していた。
(4) 本件事故は福岡方面から直方方面へ直進中の原告車と原田方面から水原方面へ直進中の被告車との右交差点内の事故である。原告車進路の福岡方面から直方方面への見通しは良好で同図面A'の対面信号機を交差点手前二〇〇メートルから視認可能であるが、福岡方面から被告車が進行してくる原田方面への見通しは不良である。また、被告車進路の原田方面から水原方面への見通しは良好であるが、本件事故当時西日がさしている等の事情から、同図面<1>地点から同図面A'、C'の信号機の表示を識別することはかなり困難であり、同図面A'の赤色灯火を僅かに視認できる程度の状況であり、原田方面から原告車が進行してくる福岡方面への見通しは不良であつた。
(5) 本件衝突事故後、原告車は北西方向に前部を振り、被告車は約九〇度前部を北東方向に振つて、停止していた。原告車のフロントガラスが破損し、フロントパネル、バンバー及び運転席フロアー等が曲損し、被告車のフロントガラスが北側路上に破損飛散しており、被告車のフロントパネル、バンバー等及び運転席全体が曲損して、ハンドル操作が不能となつていたが、エンジンの始動は可能であつた。
(6) 本件事故当時路面は乾燥し、事故後、路面には原告車による約九・二メートル被告車による約三・五五メートルの各スリツプ痕が認められ、また原告車による約一・九メートル、被告車による約三・三メートルの衝突後の各擦過痕が認められた。運行記録計の解析結果によると、被告車は衝突前急制動の措置をとつているが、急制動の措置直前の速度は時速約五〇キロメートルである。
(7) 原告車(西鉄貸切りバス)は飯塚から津屋崎まで観光客を迎えにいつて飯塚への帰路本件交差点に差しかかつたものであり、被告車(貨物車)は家屋解体材を運搬して当日朝から数回原田方面から水原方面への道路を往復して本件交差点を通行していたものであり、本件事故は終業時間際に発生したものである。
(二) 右に認定した本件事故をとりまく客観的事実に、前示乙第一ないし第五号証における関係者の各供述、証人北条功雄、同森田正尚、同岩本考子、同池田千利の各証言、被告深松勉本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、原告車は福岡方面から本件交差点方向へ時速約五〇キロメートルで、対面する別紙「交通事故現場図」記載A1信号機の青表示に従つて進行し、交差点手前で対面A1信号機が黄表示に変化する間に交差点に進入した頃、原田方面から水原方向へ直進してくる被告車を発見し、急制動の措置をとつたが及ばず、原告車の前部を被告車の前部に衝突させたこと、被告車は原田方面から最低時速約二五キロメートルで本件交差点に接近し、折から福丸商店街方面と直方ないし原田方面との相互の車両の交通がなかつたことから、福丸商店街方面から直方ないし原田方面への対面信号機である同図面C1C2の信号機の表示の確認を十分にせず、しかも交差点手前で一時停止しないで、最低時速約二五キロメートルの速度で交差点に進入進行し、さらに福岡方面からの交通の安全確認が不十分な状態で進行する間に、福岡方面から本件交差点方向へ進行してくる原告車を発見して急制動の措置をとつたが及ばず、被告車の前部を原告車の前部に衝突させたことが認められる。
(三) 右認定事実によると、原被告車の衝突の時点では、原告車の対面信号機である別紙「交通事故現場図」記載A1信号機は黄ないし赤を表示し、福丸商店街方面から直方ないし原田方面への対面信号機である同図面C1C2信号機は赤を表示していたもの(別紙「信号機周期表」に<1>と記載している状態)と推認することができる。
証人森田正尚は同表に<2>と記載している状態の同図面D1信号機の青表示を、同岩本考子は同表に<3>と記載している状態の同図面C1信号機の青表示を、同池田千利は同表に<4>と記載している状態の同図面D1信号機の赤表示及び同表に<5>と記載している状態の同図面A2信号機の黄表示を現認し、いずれも本件衝突時点に近接した時点の信号機の状況を証言しているものと解するのが相当であり、概ね前示客観的事実に合致し信用できるものである。右の認定に反する証人北条功雄の証言及び被告深松勉本人尋問の結果の各一部は前示客観的事実に副わないので採用することができない。
三 責任原因、抗弁
1 被告安永典生が被告車の保有者且被告深松勉の使用者であり、本件事故が被告深松勉において被告安永典生の業務を執行中に発生したものであることは当事者間に争いがない。
2 前示本件交差点の構造、信号機の設置状況に照らすと、本件交差点の信号機は車両感知器が感知しない場合は、福岡方面から直方方面への交通と福丸商店街方面から原田・直方方面への交通とを交互に交通整理する二現示となつており、したがつて、原田方面から交差点に進入して右二方向の道路を通行する被告車にとつては信号機による交通整理の行われていない交差点ということになり、交差点入口の一時停止の標識に従つて一時停止して(道路交通法四三条)安全確認の上交差点に進入することができることになるが、信号機による交通整理の行われている福丸商店街方面から原田・直方方面への交通の方が絶対的に優先する関係にあるから、その反面として、被告車としては、同方向への交通整理信号である別紙「交通事故現場図」記載C1C2信号機が青表示の場合には、交差点入口で一時停止のまま同信号が赤表示に変わるのを待つて交差点に進入することができることになり、さらに福岡方面から直方方面への道路入口においても一時停止して(同条)安全確認の上交差点に進入することができることになるが、ここでも信号機による交通整理の行われている福岡方面から直方方面への交通の方が絶対的に優先する関係にあるから、その反面として、被告車としては、同方面への交通整理信号である同図記載A1信号機が青表示の場合には、交差点入口で一時停止のまま同信号が赤表示に変わるのを待つて交差点に進入することができることになると解すべきである。
3 前示の認定判断を総合すると、被告車が原田方面から交差点に進入した時点では、福丸商店街方面から原田・直方方面への交通整理信号である別紙「交通事故現場図」記載C1C2信号機は赤表示であつたと推認できるから、被告車が同方面の優先通行権を妨害したことにはならないが、被告車は原田方面からの交差点入口で一時停止しなかつた過失があつたこと、さらに福岡方面から直方方面への道路入口においても一時停止せず、且福岡方面からの交通の安全確認義務を怠り福岡方面から直方方面への交通整理信号である同図記載A1信号機の黄表示に従つて交差点に進入進行しつつあつた(衝突の時点では同信号機は黄色ないし赤を表示していた)と推認できる原告車の優先通行権を妨害した過失があつたことが認められる。
しかし、原告車にも制限最高速度時速四〇キロメートルを超過して時速約五〇キロメートルで進行し、このため対面信号の黄表示にもかかわらず交差点入口で停止できなかつた過失があつたことが認められる。
そして、原告車と被告車の過失割合は二割対八割と評価するのが相当である。
4 したがつて、被告深松勉は民法七〇九条に基づき本件事故により乗客ら及び原告に生じた損害を賠償すべき義務を負担し、被告安永典生の自賠法三条但書に基づく免責の主張は理由がなく、同被告は自賠法三条本文に基づき本件事故により乗客らに生じた人的損害を賠償すべき義務を負担し、また民法七一五条に基づき本件事故により原告に生じた損害を賠償すべき義務を負担するものである。
四 乗客らに生じた損害、原告による乗客らの損害の負担と求償、和解
1 成立に争いがない甲第三ないし第一四号証、証人田中正博の証言により成立を認める同第二号証及び同証言によると、請求原因三1のとおり、乗客らに合計七二九二万〇五九二円の損害が生じたことが認められる。
2 前示過失割合に照らすと、原告は乗客らに生じた右合計七二九二万〇五九二円の損害につき、その二割に相当する一四五八万四一一八円を負担すべきことになるが、前示第二、三号証及び証人田中正博の証言によると、原告は三六五八万五八七六円を乗客らに支払つていることが認められるので、超過負担額二二〇〇万一七五八円を被告らに求償できる関係にあるところ、原告が自賠責保険から一〇一九万五五三五円の填補を受けたことは当事者間に争いがないのでこれを控除すると一一八〇万六二二三円となる。
3 被告らは右求償請求の対象となる乗客らの損害につき乗客らの治療費一七〇〇万〇六六二円の他五五〇〇万円合計七二〇〇万〇六六二円に限る旨の和解契約が成立していると主張し、成立に争いがない乙第六号証の一を援用するが、右乙第六号証の一、証人田中正博の証言並びに弁論の全趣旨によると、右乙第六号証の一は加害者側である原被告と被害者側である乗客らとの間の和解契約であつて、原被告間に和解契約が成立したものとは認められないし、右和解契約は本件事故の態様についての原被告間の争いを留保し、保険的処理を急ぐ観点から締結されたものであつて、右求償請求の対象となる乗客らの損害を限定する趣旨を含むものとは認められない。
したがつて、被告らの右主張は採用しない。
五 原告の物的損害
1 証人田中正博の証言により成立を認める甲第一五号証及び同証言によると請求原因三2の事実が認められる。
2 前示過失割合に照らすと、原告は右七二万一二六〇円物的損害につき、その二割に相当する一四万四二五二円を負担すべきことになり、残額五七万七〇〇八円を被告に請求できる関係にある。
六 結論
よつて、原告の被告ら各自に対する本訴請求は、共同不法行為者間の求償責任に基づき乗客らの損害に関する未填補の負担額一一八〇万六二二三円及び不法行為に基づく原告車の損傷による損害五七万七〇〇八円の合計一二三八万三二三一円とこれに対する各被告に訴状が送達された日の翌日であること記録上明らかな主文記載の各日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合いによる遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 宮良允通)
別紙
<省略>
信号機周期表
<省略>